Sugarが残したもの。それは何だと思いますか。
ここではSugarが与えた影響を記録します
笠松美樹に憧れてピアニストになった人
Sugarのキーボードと言えば笠松美樹さんです。
ずば抜けた歌唱力と演奏は素人目にも圧巻です。
また可愛いルックスは世の男たちの話題になりました。
ミキこと 笠松美樹さんは東京都大田区出身。日本大学鶴ヶ丘高校卒業です。
鶴ヶ丘高校には音楽科がありますが、ミキさんは音楽科に入ったのでしょうか?
ミキさんの音楽歴は現在調査中です。
ミキさんの音楽の才能を伝えたいので是非次の2曲を聴いて頂きたい。
ムーピーベイビー/作詞・作曲:笠松美樹
おむねEXPRESS/作詞:笠松美樹&詩織、作曲:笠松美樹
2曲とも名曲です。
さて、そんなレジェンド笠松美樹さんの影響は1人の人間の人生を変えるほどでした。
笠松美樹さんに憧れてピアニストになった人がいるのです。
川越市にあるビバーチェピアノ教室の講師、尾崎陽子さんです。
尾崎さんは親がピアノをやっていて幼い頃から家にピアノがあったそう。
幼い頃からピアノは触っていたがプロになる気はなかったと言います。
転機は小学校5年生の時に訪れる。母親と家にいた尾崎さん。
テレビから流れてきたのは女子3人組グループ「Sugar」でした。
その時、尾崎さんの中のスイッチが入りました。
笠松美樹さんを観て憧れ、音楽の道で生きていくことを決意。
家庭環境が尾崎さんの音楽の道の出発点であり、
笠松美樹さんが走り出す尾崎さんの速度を増す、
アクセルの役割を果たしたと言えるのではないでしょうか。
尾崎さんは笠松美樹さんについて
「若くてあれだけ歌えてあれだけ演奏できるのは凄い」と語っています。
笠松美樹目撃の後、音楽の道を歩み始めます。
Sugarの曲を練習し耳コピしていきます。
小6で電子オルガン講師の資格を取得。
中学ではピアノの練習量が増え、
21歳、西武ドーム電子オルガンプレーヤーに。
プロ野球選手表彰式、都内ホテル、デパートで演奏していきます。
同時にクラシックCD監修も手がけます。
2004年、ビバーチェピアノ教室開講。
2019年11月に教室を休業するまで15年ピアノ講師をしていました。
教室には常時30人ぐらいの生徒がいたとのことなので
15年で数百人の生徒を指導したことになります。
尾崎さんにとってミキさんはどんな存在なのか伺いました。
「笠松美樹は初恋の人でした」
Sugarがあの時代日本に居なければ、
Sugarの中に笠松美樹さんが居なければ、
尾崎さんはピアノのプロの道には進まなかったかも知れない。
プロを目指しても今とは違った形となっていたでしょう。
尾崎さんがピアノ講師にならなければ
数百人の生徒たちの中にもピアノを習わなかった人も居たかも知れません。
Sugarの存在は80年代に閉じ込められてはいません。
今も生き続けて人々に影響を与え続けているのです。
取材:2020年3月21日
ビバーチェピアノ教室 (休業中)尾崎さんの演奏動画
参考:ビバーチェピアノ教室ホームページ、尾崎さんSNSプロフィール、他